2014年06月10日 20時43分

名古屋レール・アーカイブス資料展「追想・名古屋市電」開催中。

4月18日に予告をしましたNPO法人名古屋レール・アーカイブス(NRA)の第7回資料展「追想・名古屋の市電 街から消えて40年 愛された市民の足」が、今日から名古屋・金山の名古屋都市センターまちづくり広場で始まりました。

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今年の展示は、総パネル枚数57枚、写真数163点、絵葉書の複製19点、路線系統図・古地図などの資料類25点・・・など、広い会場に負けない点数の多さもさることながら、明治時代から昭和にいたるまでの展示内容の質についても自信があります。

(会期)本日/6月10日(火)~ 6月22日(日)
(会場)名古屋都市センターまちづくり広場…金山総合駅すぐ

(開館時間)

火~木曜日 10:00~18:00

金曜日 10:00~20:00

土日曜日 10:00~17:00

月曜日休館

※入場無料

(講演会)
「知られぎる名古屋市電」2014年6月15日(14:00~)
*会場…上記展示会場隣の研修室(入場無料)
*講師…服部重敬氏(交通研究家)

※最近の著作…「名古屋市電」(上・中・下)ネコ・パブリッシング刊

お時間がある時に足を運んでいただき、ご覧いただければ幸いです。

※NRAの会員は常時会場にはおりません。あらかじめご了承ください。

2014年04月27日 20時19分

素晴らしき豆本の世界。

ゴールデンウィークと言うことで、今日は「豆本作り」のワークショップに出かけました。と言っても私は展示された作品を見せてもらっただけで実際には作っていません。

ということで今日は「豆本」の話題です。

DSC_0040豆本…と言ってもこの写真ではわかりづらいかも知れませんが、ルーペの大きさで察してください。それぞれの作品は正に小さな宇宙です。

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一冊買いました。横幅は13センチ強で縦が3センチ強です。そんなことよりタイトルが肝心ですよね。そうっ!「せんろはつづくよ…」。

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東海道新幹線の東京から新大阪までが、わずか27センチ弱の世界に描かれています。他のページも心がほっこりします。

描かれたのは京都在住の画家/殿村栄一さん。

興味を持たれた方は、Facebook『画房 草々庵』のメッセージで連絡してください。

余談ですが、、、殿村さんの豆本で「鉄道」ものは現時点ではこれ1点です。

※このページは殿村さんの了解を得て掲載しています。

2014年04月25日 21時00分

祝!!50周年!記念券で見る東海道新幹線(6)もう一つのネクタイピン。

実はもう一つネクタイピンを持っています。

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こちらは4センチ強で、昭和の時代にあっては小ぶりな方だと思います。もっともコレクションとしてはOKですが背広の打ち合わせ部からこれを見せる勇気はありませんでした。昨日の開業記念版の方がまだしもだった記憶です。因みにこのネクタイピンも頂きものです。

 

(番外編)

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こちらも結構なレア商品。今時、チェリーと言うタバコがあったことさえ知らない人も多いと思いますが、昭和の時代には鉄道系の記念タバコもありました。これは山陽新幹線岡山開業記念パッケージで昭和47年(1972年)の製造です。「このタバコと引き換えに名古屋から『つばめ』がいなくなりました。」と書いて、どれほどの人が分かるでしょうか?どうでも良い話しですが、大学受験に向かう際に名古屋から往路特急「つばめ」、復路急行「玄海」という列車に乗っています。名古屋~岡山間が廃止となる電車に乗ったからでしょうか、その後浪人する羽目になってしまいました。でもものは考えようで、現役で志望校に受かっていたらきっとこのブログは書いていないわけですし、そもそも超貴重なこれらの品々を頂戴する栄誉に浴することもなかったでしょう。めでたしめでたし。(←親には迷惑をかけたと思っているので、この表現は撤回します)

2014年04月24日 20時52分

祝!!50周年!記念券で見る東海道新幹線(5)ネクタイピン。

中京テレビの大先輩が退職されるときに私に託されたネクタイピン。

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元新聞記者だったその方は、東海道新幹線開業時に国鉄の記者クラブにおられ、その縁でこの記念ネクタイピンをもらったそうです。

最近、ネクタイピンを付けている方を見かけなくなりましたが、これを頂いた昭和50年代はまだまだネクタイピンの全盛時代でした。でもあまりにも勿体なくてこれまでに使ったことは1~2度程度です。

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大きさは1センチ強の可愛らしさですが、0系新幹線が「0系」たる団子鼻が真珠だなんて信じられないほどチャーミングです。(今風に言えば「素敵過ぎます」ということになるのですが、日本語的に如何な表現はこのデザインに敬意を表して使いません)

私の宝物ランキングで文句なしの1位がこれです。

2014年04月23日 19時42分

祝!!50周年!記念券で見る東海道新幹線(4)100系デビュー。

100系記念入場券(表)

昭和60年(1985年)に登場した100系新幹線。

国鉄の最後を飾るといっても過言ではない新鮮な登場でした。

100系記念入場券(裏)

「JNR」の文字がまぶしいです。

2014年04月22日 19時37分

祝!!50周年!記念券で見る東海道新幹線(3)開業20周年。

開業20周年記念入場券(表) - コピー (2)

同じく昭和59年(1984年)10月発行の「東海道新幹線開業20周年記念入場券」。

開業20周年記念入場券(裏)

それにしても実に気合の入った記念入場券です。最近、記念券が発売されてもあまり買うことが無くなったので、余計にこの内容の充実度には感心します。開業20周年記念入場券(20年の歩み)

特にこの「新幹線、20年の歩み」は時代の流れで選ばれた「5つ子誕生」が当時、どれほどの出来事かが分かって思わず笑ってしまいました。開業20周年記念入場券(表) - コピー

開業20周年記念入場券(表)

東海道新幹線各駅でこのような記念券が発売されたであろう事は容易に察しがつきますが、私の手元にあるのはこの「名古屋駅」のみです。

 

2014年04月21日 19時34分

祝!!50周年!記念券で見る東海道新幹線(2)20億人達成。

 

新幹線20億人

 

今日は、昭和59年(1984年)4月発行の「東海道・山陽新幹線20億人達成記念」絵はがき。

当時、立体ホログラムは時代の最先端を行く技術と言う覚えがあります。

それにしても20年で20億人ということは日本人がほぼ1日に1回は乗っている計算となります。この頃、私は番組制作の部署でディレクターをしており、東京に出か掛けることもしばしばで20億人達成には少なからず貢献していました。(大袈裟過ぎますね…)

2014年04月20日 22時18分

祝!!50周年!記念券で見る東海道新幹線(1)開業。

 今年は周年がいろいろあります。

まずは中京テレビ45周年と言うものもありますが、おっと!これは「鉄」的ではありませんね。それはさておき名古屋市電の廃止から40年であったり、名古屋鉄道の創業120周年もあります。また東海道新幹線50周年も以前このブログでも少しふれました。 そこで手持ちの東海道新幹線関連の「記念」券をここで紹介します。

東京オリンピック記念切手

1964年(昭和39年)10月10日、アジアで初めての「東京オリンピック」が開幕しました。当時10歳だった私もテレビにかじりついていた記憶があります。ただその画面でどんな競技を見ていたかは覚えていませんが、日本中が熱狂の渦の中にあったことだけは間違いありません。

 新幹線開業記念切手

そのオリンピックの10日前の昭和39年(1964年)10月1日、東海道新幹線が開業しました。「夢の超特急」の名に相応しいだけではなく、日本の「鉄道」が世界の最先端に躍り出た瞬間だと興奮しました。

●ところで2枚の切手についてですが、昭和の時代は切手収集が大ブームで、そのブームが一息ついたときには集めた切手を手放す人も多くいました。この切手は私が高校の頃にもらったものと記憶しているのですが、「鉄道」が好きな私のために「折角譲るなら喜んでもらえる人に…」とプレゼントされたものです。「東京オリンピック記念切手」とセットだったとは今回、新幹線関係の資料を探す中で気付きました。

●オリンピックと新幹線で、元号と西暦の先出しの順番を変えているのは私の頭の中で印象が残っていることによるもので、大した意味はありません。

新幹線開業記念券(表)

新幹線開業記念券(裏) 

さてこちらは東海道新幹線開業の記念券。これも頂き物なのですが、人として如何なものかと思うものの提供してくれた方の記憶が蘇りません。中京テレビの大先輩が定年退職するときに、もう一つの「新幹線グッズ」と一緒に頂いたと思うのですが…。

2014年04月18日 21時34分

今年のNPO法人名古屋レール・アーカイブス資料展。

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今年のNPO法人名古屋レール・アーカイブス(NRA)の第7回資料展は、「追想・名古屋の市電 街から消えて40年 愛された市民の足」をテーマに鋭意準備中です。写真は先週の土曜日の作業風景で、明日の土曜日も作業の予定です。

さてNRAの定期資料展はいつもなら9月の開催ですが、今年は市電廃止40年ということで時期を早くし、6月10日(火)~22日(日)の期間で、場所も変えて名古屋・金山駅隣接の『名古屋都市センター まちづくり広場』となりました。

「名古屋市電」については、会として一番の得意分野と言っても過言ではなく、資料・写真を多く所蔵しています。そんなこともありできる限り沢山見ていただこうと広い会場で2週間の開催となりました。

詳しくは開催日が近づいたらまたお知らせします。

※6月15日(日)14:00~には、会場でネコ・パブリッシングから「名古屋市電上・中・下」を出版された服部重敬氏(都市交通研究家・NRA会員)による講演も予定しています。

2014年03月28日 21時07分

教ちゃん、お疲れ様。

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中京テレビの(*^^)vじゃなくて顔として、なんと35年間もレギュラー番組の出演者として出続けてきたきくち教児さんが今日、卒業されました。最初のレギュラー番組は「ズームイン!!朝!」の中京テレビのキャスターで1979年(昭和54年)のこと。その後、「どれみふぁサンデー」・・・「教児のおめざめワイド」・・・とズーっと続いて最後は「4U」(毎週金曜日放送)の司会でした。

私個人として最初に彼と仕事で接したのは実は「鉄」絡み。1980年(昭和55年)8月24日(日)に名鉄知多新線内海駅で国・私鉄完乗したその日、私は「ズームイン!!朝!」の取材を受けており、翌25日(月)にキャスターとゲストという立場で初めて会話をしました。それから暫くして昭和57年に私は報道部から制作部に異動。最初に担当した番組が「どれみふぁサンデー」で、新番組の立ち上げでもあり、司会のきくちさんとがっぷり四つの仕事をしたのがいい思い出です。

その後、私は「ズームイン!!朝!」を担当した時もあったりで、何かと縁がありました。タメ年だったこともあり今もフランクな付き合いをさせてもらっています。さて一口に35年と書いていますが、一つの放送局で、それも様々な番組のレギュラー出演者であり続けたのは本当に“偉業”だと思っています。何せ、番組は始まることもあれば終わることもあるわけで、それでも出演番組が途切れなかったのは放送業界では異例中の異例、奇跡と言っても過言ではないでしょう。

ところでここまでは「きくちさん」と書いていますがいつもは「教ちゃん」と呼んでいます。最後に「教ちゃん、お疲れ様。そしてこれからも宜しく」。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!