中京テレビ

2013年12月30日 21時31分

鉄道をしばし離れて…。

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名古屋市緑区のとあるお寺さんの庭先。
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ここには四季桜が咲いており、それを愛でるのが私の毎年の楽しみとなっています。

※平成25年12月30日(月)16時頃撮影。

2013年12月26日 20時38分

第3回「こども鉄道博士選手権」開催決定!

鉄道選手権ロゴ一昨年、昨年に続き、第3回「こども鉄道博士選手権」の開催が決定し、中京テレビ・ホームページで1次予選が始まりました。

そして決勝の場は、今回も「リニア・鉄道館」。平成26年2月15日(土)に行われます。

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この写真は昨年の12月1日の決勝戦の時の模様。もう1年が経っているのですね。

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因みにこの弁当は、昨年の決勝大会の時のスタッフ用に用意されたもの。真剣勝負の子供たちのことはさておいてこの弁当を食べたことをここに報告します。(復刻 昭和39年新幹線開業弁当)

さて参加できるのは愛知・岐阜・三重に住む小学生のこどもたち。健闘を祈る!

2013年12月14日 21時30分

「旅と鉄道」増刊、種村直樹さんの特集。

種村直樹さん

「旅と鉄道」という雑誌は、「鉄道ジャーナル」から出ていた時に創刊から何年かは買い続けていました。他の鉄道誌に比べ「旅」によった内容で私のような“ライト鉄”には居心地がよかったことが買っていた動機でした。

今回、久しぶりに買った理由はレイルウェイ・ライター40周年記念「種村直樹の鉄道旅行術」という特集内容だったから。

もうそんなに経ったんですね。実は私の鉄道趣味が社内に認知されるようになったのは種村さんのおかげでもあります。

話しは今をさること30有余年。昭和55年(1980年)に遡ります。

その年の春休み。種村さんと読者の皆さんが日本最西端の駅・国鉄平戸口から日本最東端の駅・国鉄東根室駅かで普通列車を乗りついての旅をしました。(当時は夜行鈍行が結構残っていました)

その模様を通り道となるNNN(日本テレビ)系列各社が取材をし、それを毎日各局リレー方式でニュースにしたら面白い!という企画書を書き、日本テレビに出しました。そうしたらその企画書が日本テレビのドキュメンタリー番組のプロデューサー・ディレクターの目に留まり何と30分番組×2回と言う大盤振る舞いで放送することになりました。題して「日本列島西東 鈍行列車春の旅」。社会派ドキュメンタリー主体であり硬派で知られた「NNNドキュメント’80」でこんな軟ネタが放送されるなんて、最初に話しを聞いた時には天にも昇る気持ちでした。そしてこの番組のカメラマン(当時は16ミリフィルムの時代)として、一部区間ではありましたが参加させてもらい、初めて種村さんにお会いしたのは山陰本線浜田駅でした。

その後、何度かお会いする機会に恵まれ、年賀状のやり取りが続いています。何はともあれ40周年、おめでとうございます。

2013年11月11日 20時21分

幸せの黄色い電車「ドクターイエロー」。

さてこの時間、20番線には500系が停まっていました。16:38発のこだま753号です。

そして22番線には16:22発のさくら567号。

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そこで700系ドクターイエローとN700系、500系の先頭車の並びを撮影するべく早目にこの場所まで戻り、まずは場所探し。ドクターイエローの先端部分が柵にかからないことを最優先にしたので、500系は停車中なのが分かれば良かろうと割り切り、先端部分を画面に入れるのを諦めました。それでもここまで走ってくるとそこそこのスピードが出ており、シャッターチャンスは瞬間なので、久しぶりに緊張しました。

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振り返ってホーム反対側から新大阪駅を出ていく「回送 980号」を撮影。

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撮影後は16:27発の「のぞみ」に乗車し、名古屋に戻りました。俗にスモール“A” と呼ばれているN700Aへの初乗車でした。

2013年11月10日 20時17分

10月17日(木)最後のイベント、ドクターイエロー。

新大阪駅23番線に15:48頃到着。阪急「淡路」を出て17分後でした。

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目的の列車は新大阪発16:20の「回送 980号」。知っている人は知っているドクターイエローです。

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入線は16:12。京都よりのホーム端には私の先客が二人おられ、その方たちの間にレンズを入れて撮影しました。編成が7両と短いため、もっと手前に来たところで撮影した写真もあるのですが、その段階では後ろの車両は先頭車の陰に隠れてしまいました。

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編成が短いということでドクターイエローは博多よりに停車。そのため早足でその場所に向かいましたが、既に待ち構えていた人たちが交代しながら記念写真を撮影していました。

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その合間をみて私も撮影。

2013年11月09日 20時29分

阪急「淡路」から東海道新幹線「新大阪」駅に移動。

阪急「淡路」から15:31発の「梅田」行き普通に乗車。

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何年振りの乗車かが思い出せない阪急。西院から河原町まで乗ったような…。「阪急マルーン」と呼ばれるこの独特の色はシックで品があり、本当に素敵です。どんなに急いでいても駆け込み乗車はせず、ゆったりと乗り込みたいですね。ところで「阪急マルーン」と言う言葉がWikipediaの項目にあるのを発見。流石です。えっ?何故Wikipediaを検索したかって?「阪急マルーン」という呼び方で良かったかな?と確認で検索したらそれを見つけたのです。

 

ホームに流れる駅のアナウンスの「OO号線」という言い方はやっぱり慣れないけど、その分、旅気分はたっぷり。

「南方」で下車し、目の前にある大阪地下鉄御堂筋線の「西中島南方」駅へ。名古屋の地下鉄で言えば、「丸の内」や「今池」の乗換よりよっぽど移動距離が短く、同じ駅名にしてほしいと思っている人は多いはず。(地元では今更かもしれません)

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「新大阪」行きに乗車し一駅。

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「新大阪」駅についてから「西中島南方」に停車中の電車を撮影。

「ンーッ。歩いても知れた距離だったか…」等と思いつつ、新幹線ホームへ急ぎました。

2013年09月16日 20時05分

開業と開通の違い。

今週の水曜日まで、私が会員となっているNPO法人名古屋レール・アーカイブス(略称;NRA)の資料展「平成を迎えて四半世紀 あのころは 昭和末期の鉄道風景」が開催中です。(詳しくは9月11日の当ブログをご覧下さい)

その展示してある資料の一つ。1988年(昭和63年)に開業した「愛知環状鉄道」の“開業記念”ポスター。

今日は今回の展示を行い、私が知った(NRA会員の方に教えていただいた)“開業記念”の秘密を書きます。

ここで注目して頂きたいのは、愛知環状鉄道の“開業”記念の文字と、1月31日(日)岡崎⇔高蔵寺間“開通”の文字。私はこれまで“開業”と“開通”を時に混同して使っていたことが分かりました。

まず“開通”は文字通り新しく線ができること。そもそも愛知環状鉄道の路線である岡崎~高蔵寺間の内、岡崎~新豊田間は国鉄~JR岡多線として既に運転をしており、この時は新豊田~高蔵寺間が新しく開通しました。

このポスターにある『岡崎⇔高蔵寺間開通』は文字通り1本の路線として開通することを意味しています。

一方『開業』は会社のスタートを意味することがここで読み取れます。

何でこのことが書けるかと言えば、昭和の時代に第3セクターがこの地方でも登場していますが、今回、その転換時の記念列車の写真や資料を見ていると第3セクター各社の“開業”という文字はありますが、“開通”という文字はありませんでした。一方、鉄道各社の新路線が出来た時や路線延伸時の表現は全て“開通”であり、“開業”の文字はありませんでした。

私はこれまで“開通”についても“開業”と言ったり書いたりしていた気がします。多分、このブログでも…。

2013年09月11日 23時06分

名古屋レール・アーカイブス資料展 準備完了

昨日もお伝えした私が会員となっているNPO法人名古屋レール・アーカイブスの資料展「平成を迎えて四半世紀 あのころは 昭和末期の鉄道風景」の準備が無事終わりました。

皆様のお越しをお待ちしております。

因みに今年の小道具はこんな感じ。

昭和50年代~のテーマに因みにマディソン・スクエア・ガーデンのバッグを探したのですが、さすがに見つけられませんでした。

(展示会)

●2013年9月12日(木)~9月18日(水)

10:00~19:00(最終日は16:00まで)

●名古屋・サカエチカ ギャラリーチカシンA室

●地下鉄栄駅(東山線)東改札の北、名鉄瀬戸線栄町駅南

2013年09月10日 21時42分

第6回 NPO法人名古屋レール・アーカイブス資料展

私が会員となっているNPO法人名古屋レール・アーカイブスの資料展が今年も名古屋で行われます。

今回のテーマは「平成を迎えて四半世紀 あのころは 昭和末期の鉄道風景」。できればちらし第6回資料展 PDFをご覧頂きたいのですが、ファイルサイズが1.78Mありますので会期・会場などは最後にテキストでも書きます。

展示内容は名古屋を中心とした昭和50年代・60年代の懐か しい列車や想い出深い出来事など昭和末期の鉄道風景で、それを写真と所蔵資料で紹介しています。

この写真は私が昭和を写した一枚。

昭和57年12月12日に撮影したもので名鉄羽島新線(現在は羽島線)の新羽島駅。開業翌日の撮影(乗車)で、駅には開通を祝う看板類が誇らしげに掲げられていました。

●新羽島発16:48、新岐阜着17:10

(展示会)

●2013年9月12日(木)~9月18日(水)

10:00~19:00(最終日は16:00まで)

●名古屋・サカエチカ ギャラリーチカシンA室

●地下鉄栄駅(東山線)東改札の北、名鉄瀬戸線栄町駅南

開場時間中は、NPO法人名古屋レール・アーカイブスの会員がいつも皆様をお待ちしております。

(私は15日(日)の夕方16:00~19:00頃は会場にいる予定です)

 

2013年08月29日 22時34分

「鉄道」が繋いでくれた「鉄腕アトム」との縁。

鉄道と言う趣味を持ったことで、思わぬ縁を頂くことがあります。

その一つが「鉄腕アトム」。

今、名古屋市中区のギャラリーで、名古屋在住の「鉄腕アトム」コレクター、小池信純さんのコレクション展が開かれています。

※小池さんは多分、「鉄腕アトム」コレクターとしては日本一と言っても過言ではないはずです。


ところで「鉄腕アトム」と「鉄道」の繋がり、一見何の関連もありませんが、実は小池さんとはクラシックデュオ「スギテツ」さんの紹介で知りあっており、そういう意味(どういう意味?)では鉄道繋がりです。

もっとも小池さんは「稲見さんも鉄活(鉄道活動)ですが、僕も鉄活(鉄腕アトム活動)です。」と仰っておられ、どうやら同じ鉄ちゃんらしいです。(笑)

さて今回の展示、点数も凄いがそのバリエーションも半端ではありません。勿論、日本ではなく海外で販売されているものも多数あります。
更に言えば小池さんのコレクションの特徴はいわゆる「許諾商品」だけではなく、パチモン(偽物)もあること。この中にも偽物が混じっています。もっとも小池さんの説明を聞かないと見当もつかないものばかりです。(・・・そうなんです。大人気のキャラクターだけあってその分、偽物も多いそうです)

●イベント名…「鉄腕アトムおもちゃ博物館(コレクション)」
●会場…『ギャラリーCHIYODA』 名古屋市中区千代田1-10-16 ネスパルドEVE2F(地下鉄矢場町から歩いて10分強)
●開催中~9月1日(日)11:00~17:00
●今週末の土・日はギャラリーに小池さんがいらっしゃるそうです。小池さんの話しを聞きながら見ると面白さが倍増します。

※入場無料です。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!