2012年03月05日 17時54分

「100系」のステーショナリーセットをご存知ですか?(2)

そう言えば30年ほど前、鋏(はさみ)・ホッチキス・セロハンテープその他の文房具をまるでパズルのように組み合わせたステーショナリーセット(まあ、一工夫した文房具セットといったところですが)がプチブームになり、オフィス等の机の上で実用的に使うというより、まるで飾りの如く置いていた人がいました。(私のことかも知れません・・・)

本題(本日の写真)です。100系のステーショナリーセットを箱から出すとこんな感じです。
上段は、3両を連結してみました。デザイン(特に前頭部)が結構リアルで、玩具っぽくない所が好感を持てます。
左から「色エンピツ車」「ハサミ車」「エンピツケズリ ケシゴム車」で、因みに“レール”は「定規」です。
中段写真は、車体からハサミを、下段写真は鉛筆削りと消しゴムの部分を出してみました。それにしても『鉛筆削り』という存在は、今、会社ではあまり見かけません。私自身、会社や外出時はシャープペンシルを使っており、鉛筆を使うのは自宅だけです。(我が家の鉛筆削りは現役です)

もしも私がこの「スーパーステーショナリー」の持ち主なら、是非とも会社の机の上に飾ってみたいと思いました。もっともそんなことをしたら、きっと周りどころか会社中の人がドン引き間違いなさそうです。
とはいうものの私の机の上には“実用品”としての東京メトロ副都心線の「10000系ホッチキス」がいます(このブログで平成22年4月23日にUP)ので大差は無いかも知れません。

一方、9ミリゲージの模型をやっている人なら、このセットはその側線にでも飾っておけそうです。そうっ!何とこれは自走しない9ミリゲージセットなのでした。

何れにしても一昨日UPした平成21年の「こだま号」が私にとって最後の100系乗車でした。その後、九州に新幹線で向かう際に、恐らくすれ違うか追い越すかし、きっと見た事はあるはずなのですが…、思い出しません。
あまりにも身近すぎた存在であり、日常の一コマだった100系と私の関係の最後はあっけないものでした。

2012年03月04日 17時53分

「100系」のステーショナリーセットをご存知ですか?(1)

昭和60年に登場し間もなくその姿を消す新幹線「100系」。
その「100系」をモチーフにした『スーパーステーショナリー』というネーミングの文具セットがあったと知ったのは、つい最近です。
所有者は名古屋レール・アーカイブス会員のHさん。
「稲見さん、100系の文具セットがあったのを知っていますか?」と聞かれ、「えっ?」と答えたところ早速見せていただけました。

上段写真のパッケージを見て、もしも「スーパーステーショナリー」の文字が無ければ、プラレールっぽいというか、子供向けのプラスチック製おもちゃの感も無きにしも非ずです。

裏側(出段写真)には、このステーショナリーが文具たることを主張する使い方が載っているのですが、もっと注目すべきは、左側の女性のイラストで、食堂車の“ウェイトレス”さんであること。
で、目を凝らしてその女性の下にある「発売元」の会社名。何と『帝国ホテル列車食堂』。何と、このステーショナリーは食堂車、当然の事ながら『帝国ホテル』の食堂車で売られていたようです。
私は出張で何度も100系には乗車していたのですが、食堂車を利用した事は殆どありません。このステーショナリーの存在は全く知りませんでした。
※製造元は「バンダイ静岡工場」と書いてありました

2012年03月03日 17時49分

さよなら100系。

写真の場所は、平成21年3月20日の山陽新幹線「東広島」駅。列車は「東広島」発13:47の『こだま748号』(博多発岡山行き)で、100系の4両編成です。広島に所用で出かけた帰りに「東広島」から新幹線に乗り、家路に着きました。(4号車11番A席)

この前年に「0系」がなくなり、短編成(4両・6両)の“こだま”は当時「100系」限定で、「500系」の“短編成”は登場前でした。それにしても需要と供給の関係とは言え、16両編成で正に日本の大動脈を突っ走っていた「100系」の“4両編成”は『都落ち』の気分で、大手私鉄の電車たちが地方私鉄で再登板する姿とは上手く言えませんが何か違って見え、切ない気持ちになりました。

東海道新幹線から姿を消し、山陽新幹線の運用も岡山以西となり、それもついにこの3月16日をもって引退です。
「100系」は、私が就職してからのデビューで、この形式の登場は「0系」と比較し、東京出張時の座席の快適さという面で画期的というか衝撃的でさえありました。特に「2階建て」を4両繋いだ『グランドひかり』の「2階建て」部分の1階にあった“普通車指定席”は、座席配置が「2+3」ではなく、「2+2」で、勿論、1階部分なので『平屋』の車両に比べ、若干狭いということはあったのですが、それでもそのゆとりは十分で、移動時のスケジュールが合えばこの1階席を指定していました。ただ知る人ぞ知る存在とは言え、指定席の埋まりが『平屋』席より早かったと記憶しています。
そうそう、山陽新幹線「こだま」の指定席の「2+2」と同様と言えば分って頂けますでしょうか?
※現役時代の『グランドひかり』をご存知の方、私の思い出話しにお付き合い頂きありがとうございました。

ところでこの写真を撮影した日付を見て「んっ?」「家路?」「そんなはずは無いのでは?」と思ったあなた、流石です。
この日は新神戸で途中下車し、かつ新神戸駅近くのホテルに1泊し、翌日、阪神「三宮」から快速急行で「近鉄奈良」に向かいました。
「阪神なんば線」の開業初日に、かつ太陽が出ている間に乗ることも出来たのですが、混雑を恐れ敢えて1日ずらしました。

2012年02月10日 18時30分

「ゴリ夢中」に築港線登場!(2)

名鉄築港線の「東名古屋港」駅は、旅客電車の終点であり、その先にも線路があり、名古屋港の『大江ふ頭』まで線路が繋がっていることはご存知の方も多いと思います。
ということでこの静止画は、「東名古屋駅」から西方の線路を見たものです。『線路の先端が見たい』という画面中央の“文字”が意味深長ですが、さてさて番組では…。そう言えばその手前に、名古屋臨海鉄道東築(とうちく)線とのダイヤモンドクロッシングがあったはずだが、それは今回の番組に登場するのだろうか?
などとあまりにバラエティー番組のCM前みたいな『あおり』文言を連ねると、番組を見た後に皆様から“絶賛”ならぬ“誇大表現”とお叱りを受けるといけないので、これ位にしておきます。

ところで名鉄築港線は非常に面白い線です。朝夕だけの運転で、日中の運転がされないことが良く知られているのですが、この数少ない電車が結構混むことは実際に利用する人にしかあまり知られておらず、そもそも名古屋市民であっても、ここに電車が走っていることを知らない人の方が多数派です。
今回の番組スタッフもそれらの点が「面白かった」と言っていたほどです。でもそれがこの線の面白さの全てではありません。
この線に乗ったことが無い方は是非、2往復位ここの電車に乗って下さい。色々(と言うほどの数ではない?)なことに気付くはずです。
と、勿体ぶった言葉で今回は筆を置きます。
もしよろしければ明日(2月11日)の「ゴリ夢中」をご覧ください。

2012年02月09日 18時29分

「ゴリ夢中」に築港線登場!(1)

中京テレビでは、毎週土曜日の午前11:45~12:00に「ゴリ夢中」という番組を放送中です。

名古屋鉄道グループ提供で、「鉄」的には名鉄電車の走行風景がCMも含めて堪能できます。
ところでこの番組を一言で言えば、「ガレッジセール」の「ゴリさん」が、自転車に乗って「街歩き」をし、そこで出会った人たちとの触れ合いを描くロードムービーなのですが、今週の土曜日(2月11日)は何故か『名鉄築港線』に突入します。
ということで今日の写真は、その放送用の映像を静止画にしたもので、左上の字幕は実際の放送でも出ています
一方、右下の文字は、お約束の「著作権表示」です。放送ではこの文字はありません。余談ですが・・・。

ところで『築港線』と言えば、番組「芸能界鉄道研究会 鉄研」でも登場していますが、ディープな“鉄道番組”ならともかく、この番組のターゲットは『私たち』だけではありません。にも関わらず、、、登場です。

番組制作スタッフに今回取材した理由を聞いたところ、「南区各駅停車の旅」(南区は当然ですが名古屋市南区です)シリーズのリサーチをしていた時に、この築港線に“引っ掛かった”とのことで、『「鉄」ではなくとも十分面白そうだった』とのこと。さてさて「ゴリさん」にどんな“出会い”があったのでしょうか?

(お詫び)この番組は中京テレビだけで放送されています。愛知・岐阜・三重以外にお住まいの方にはご覧いただけません。あらかじめお詫び申しあげます。

2012年01月01日 17時26分

平成24年辰年「謹賀新年」。一本のペットボトル。

あけましておめでとうございます。今年も拙文にお付き合い頂ければ幸いです。

さて、年も押し迫った12月26日(月)、整備新幹線3区間の着工方針が決定!北海道新幹線の新函館~札幌間(211キロ)や九州新幹線(諫早~長崎)、北陸新幹線(金沢~敦賀)が着工認可されました。

その開業時期は国土交通省のHPによれば、工事に時間のかかる北海道で平成47年度と、何と20年以上先のことであり、「気が遠くなる」ような歳月がこれからも必要です。

写真のペットボトルは、昨年の夏に渡道した際、見付けて購入したもので、「北海道新幹線 札幌延伸 札幌~東京間3時間57分」「拡がる地域間交流 新たなビジネス創出へ」「(札幌)~(仙台)2時間35分」「(札幌)~(函館)45分」のラベルが、北海道のこの新幹線にかける意気込みを表していました。

因みに製造された地は「北海道虻田郡真狩村」で、『北海道新幹線促進札幌圏期成会事務局』『札幌商工会議所総合企画部』の名前がラベルにあったので、新幹線建設促進に向け、一歩一歩訴求していく手段として製造・販売されたものと察しています。

平成47年というのは確かに先の先ですが、先の話しでも明日明後日程度の話しであればさておき、あまりに先の話しとなると現実感が希薄となり、「気が遠くなる」のもあながち誇大表現ではないと思っています。

でもその「気が遠くなる」歳月の先にあるのが自分たちの未来への単なる「夢」ではなく、現実を見据えた上での将来に託す「希望」とその「実現」であれば、20年先の話しであってもこの表現は不適切ではないでしょう。

さて話しは飛ぶようですが、地域交通の崩壊の危機は現実として私達の目の前にあります。3月には2線区での廃止もあります。
高齢化の進む中、富山の路面電車の“成功”の分析を始めとして、もっともっと“自家用車”以外の『移動手段』の在り方の議論が必要でしょう。
そしてそれは「整備新幹線」や「地域交通」といった個別の括り方ではなく、私達の生活のあり方としてトータルで考えても良い時代が到来していると思っています。「気が遠くなる」歳月の先にある「公共交通」の現実はどうなっているのでしょう?
昨今、「鉄道の廃止」だけがクローズアップされる切り取り方にも違和感を覚えます。

以上、年頭にあたり「整備新幹線」の将来構想を知り、感じたことを書いてみました。

2011年12月24日 8時09分

「こども鉄道博士選手権」(6)明日放送。

明日、12月25日12:23から満を持して「こども鉄道博士選手権」が放送されます。
今回のこのシリーズは放送前に書いているため、『余談』と『裏話』で綴ってみましたが如何でしたでしょうか?

ところでこの写真は、初代「こども鉄道博士」が決定したのち、つまり最後の最後に収録したシーンを撮影したものです。
参加者全員で「こども鉄道博士選手権」と叫び、このカメラの隣にいるテレビカメラに向かって手を振っています。
番組収録前に、『初代「こども鉄道博士」が決定するまで挑戦者への“応援”で残ってください。そして最後に“全員集合”の収録をさせて下さい』とお願いはしていたものの、こうして本当に参加者の皆さんが残ってくれている姿はそれだけでも感動モノでした。やっぱり、不正解だったら「帰りたく」なってもしょうがないですよね。

ところで今回の問題作りで最後の報告!
一番肝心というか心がけたのは、その問題と答えが『事実』であるということです。それはニュース・番組の取材と同じです。
参考にしたのはJR東海を始めとした鉄道各社及び鉄道車両メーカー、国土交通省のHP等で公開されている情報や報道リリースされた情報、また関係者が著者となっている書籍等です。流石にこれは信用しても良いと判断しました。
また、中京テレビ社内の過去の報道取材の原稿等も参考にしています。

一方で、雑誌・書籍等にあった記述や「Wikipedia」の情報は、このブログではそうした情報を出典元を明記した上で『引用』させていただくこともありますが、流石にこの番組ではそうした手法は止めることにしました。

面白い問題ができそうな予感があっても、自分たちの手を尽くしてもその『事実』に辿り着けなかったモノは泣く泣く問題にすることを諦めました。
これは著者を信用していないということではなく、安易に人の力で問題を作らないという自分たちに課した戒めでもあります。

という裏話はこれくらいで終わります。
中京テレビがご覧になれるエリアにお住まいの方は明日、この番組にチャンネルを合わせて頂ければ幸いです。

こどもたちは本当に頑張りました。
この番組の主役は「鉄道」を愛するこどもたちです。
その姿を是非、見届けて下さい。

2011年12月23日 22時10分

「こども鉄道博士選手権」決勝大会(5)Finalステージは3人が進出!

いよいよFinalステージです。最終決戦は子供たちの自分の力だけで、
しかもその持てる知識力をフルに発揮して戦う早押しクイズです。

ここまでは“親”の力を借りることが出来た第1ステージ・第3ステージもありましたが、ただ子供が「鉄」でも、親が「鉄」とは限りません。また、親子が力を合わせて挑んだ問題の中には、「鉄」だから答えられるとは限らないのがこの「こども鉄道博士選手権」。
一方で、「鉄」の知識があるがゆえに多くの方が勝ち抜けに失敗する問題もありました。

それでもここにいる3人は、その全てをクリアして回答者席に立ちました。

さて流石にこのFinalステージまで来ると、問題に“ひねり”は入れず直球勝負です。
単刀直入に子供たちの知識を問うことにしました。
ただ、問題なのはどの程度のことを小学生たちが知っているかの尺度というか目安と言うかそれがさっぱり分からなかったことです。

それで役に立ったのが、今年の10月9日に運転された名古屋市交通局鶴舞線の新車『N3000形』の甲種輸送。私は知人からの依頼もあってその列車をJR木曽川駅近くで撮影したのですが、その帰りに『回収電』(という言葉があるそうです)に乗り合わせたのです。
それが何か・・・???
その電車には多くの小学生らしき子供たちも乗っており、彼らの会話を何気なく聞いていたら、これが結構『微に入り細に入り』で、それで「知っている子供は知っている!」ことを前提として、番組スタッフで問題を考えることにしました。

ただ悩ましかったのは出題順です。これは最後の最後で意外と時間と手間がかかりました。

さて早押しクイズはそんな“大人の事情”とは関係なく、子供たちの『力』で進んでいき、そしてそこには思いもかけぬドラマが待っていました。

2011年12月22日 23時01分

特別番組「こども鉄道博士選手権」決勝大会(4)いざ第2ステージへ。

第1ステージを勝ち抜けた30組の親子は、次の戦いの場である車両展示エリアのイベント広場へと移動しました。
(今日の写真)

そう言えば、まだ今回の番組の出演者陣を紹介していませんでした。
まず司会はあの“ジャストミート”『福澤朗』さん。
※余談ですが、今回若いスタッフの中に『福澤朗』さんの“ジャストミート”という掛け声を聞いた記憶が無いという人がいました。驚きです。

そしてアシスタントは「鉄道番組」と言えばこの方を抜きにして語れない『中川家礼二』さん。
もう一人、中京テレビの『本田恵美』アナウンサー。

実は福澤さんと本田アナは日本テレビ系列の番組「ズームイン!!朝!」の“キャスター仲間”で、片や日本テレビのメインキャスター、片や中京エリアの中継キャスターというコンビネーションは今回も遺憾なく発揮されています。ただ、福澤さんが自ら「鉄道好き」であることを“告白”してからまだほんの数年しか経っていないこともあり、本田アナも最近までこの事実「福澤さんが鉄道好き」であることは全く知らなかったそうです。

実は私自身も福澤さんとは面識があり、「ズームイン」スタッフの懇親会のボーリング大会(確実に10年以上前)で、同じレーンで投げているのですが、その時は「鉄」であることを露とも見せていませんでした。
因みにそのボーリング大会で、もう一人同じレーンで投げた方は当時、日本テレビでも“鉄”で知られた方で、名鉄にパノラマDX(8800系)が登場したとき、私はその方の希望で、展望席の一番前の席を予約しに新名古屋駅に行ったことがあるほどです。その方と私に挟まれていたにも関わらず、福澤さんは黙々とボーリングに徹していました。
※単なる私の思い出話しをお許しください。

そうそう、第2ステージですが、『中川家』のお二人による「特急(ワイドビュー)ひだ」の車内からの出題(事前にロケに行きました)で、“鉄”系問題だけではなく“車窓”からの風景問題も用意され、子供たちが自力で問題に挑んでいます。

またこの場所で引き続き第3ステージが行われたのですが、こちらは親子の共同作業で数々の問題に挑戦しました。

この第3ステージ、実は“問題文を入れた『封筒』”が車両展示エリアの各所に置かれており、それをまず親子で探し出さないと問題への挑戦権が与えられないのですが、これが何とも見つからない。
また“封筒”の中身にはお約束の「ハズレ」も入れてあったのですが、
何故か、第3ステージに駒を進めた方達が持ってくる封筒は「ハズレ」続出。そんなに「ハズレ」は用意していなかったにも関わらず・・・です。放送でも「ハズレ」で問題への挑戦が出来なかった親子が登場しますが、実際にはもっと多くの「ハズレ」がありました。こればかりは偶然の産物で、何故そうなったかは謎です。

2011年12月21日 18時01分

特別番組「こども鉄道博士選手権」決勝大会(3)第1ステージ。

今回の決勝大会は4つのステージが用意されており、写真はその第1ステージで、ご存じ「シンボル展示」エリアです。

この第1ステージは○×クイズで、C62と955形との間に「○」が見えますが、955形とMLX01-1との間にも「×」らしきモノがチラッと見えます。
ここでは出された問題が「○」か「×」かを考え、正しいと思われるエリアに移動するものです。

ここから次のステージに進めたのはこの決勝大会に参加した方達の内の
約半数。

さてその問題ですが・・・、これはテレビ放送でお楽しみください。また、中京テレビが見られないエリアにお住まいの方には恐縮ですが、現時点では“公開”することが出来ません。
お許し下さい。
その代わりと言っては何ですが、「こども鉄道博士選手権一次予選」の問題の作り方というか、裏側を少々。
(今はHPで見ることはできません)

第1問 東海道新幹線が開業したのは昭和何年でしょう?
①昭和34年 ②昭和39年 ③昭和47年          
答えはここで書くまでもありませんが、正解では無い答えも新幹線にとってはトピックな出来事のあった年を当てはめています。

今回の「こども鉄道博士選手権」の問題作りと回答rの関係ですが、この設問の様に『三択』問題の場合は、「この回答って???」と楽しんでもらえる工夫をしています。

一方で
第9問 新幹線浜松工場に向かう線路には珍しいものがあります。
何でしょう?
①新幹線の踏切  ②新幹線の洗車機 ③従業員通勤用ホーム
といった問題の場合は、単純に“遊んで”作りました。
(問題には番組制作スタッフのアイデアが一杯入っており、皆で楽しく作りました)

第1ステージの問題は「○」「×」クイズですのでそんな遊びは無く、ストレートに問題と解答を作っていますが、“落とし穴”の工夫をした問題もあります。

(追伸)名古屋市交通局の「年末年始特割ドニチエコきっぷ」は、私が通勤で乗降している“八事日赤”駅では売り切れとなっています。他駅はどんな状況でしょうか?



ADVERTISEMENT

電子書籍「稲見駅長の鉄道だよ人生は!!」
稲見駅長の鉄道だよ人生は!! ―各駅停写の旅―

カレンダー

2021年2月
« 7月    
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28  

プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!