2021年10月30日 22時34分

名古屋港線の8660レ、DE10+レール運搬用キヤ97。

毎週火・木・土にしか列車が走らない線が名古屋市内にあります。

名古屋港線(なごやみなとせん)という貨物線で、JR東海/名古屋資材センターに出入りするレール運搬車/キヤ97をけん引する8660レ、8661レが設定されているのですが、それ以外の列車の設定はありません。

上記の2枚の写真は10月19日の8660レ(名古屋駅方面行き)。場所は商業施設「ららぽーと名古屋みなとアクルス」のみどりの大広場。

10月26日の同じ場所。シートレインランドの観覧車を孔雀の羽に見立てのですが、逆光ではやはり…。

今回はたまたま「ららぽーと」内のお店に行く用事が2週続けてあったので撮影したのですが、運が悪いとこの写真のようにDE10が単機ということもあります。また運休ということもあったりもします。

2021年05月14日 22時37分

“絵はがきに見る鉄道史(52)名古屋駅新貨物取扱所。

かつての名古屋駅は現在の笹島付近にありましたが、駅構内が手狭になったことから貨物と旅客の取り扱いを分離し、旅客は現在の名古屋駅の場所に移転、貨物は現在の「ささしまライブ」の場所に移転しました。

「名古屋駅新貨物取扱所貨物ホーム」。後に「笹島駅(ささじまえき)」を名乗ることになるのですが、それは昭和12年(1937年)に(新)名古屋駅の開業に併せ、「名古屋駅」から正式に分離しての改称でした。

貨物駅は当初、名古屋駅の「貨物扱い」の場所が移転したという扱いだったようで、昭和4年(1929年)から表題の名称で現「ささしまライブ」の地で営業を始めました。この写真はまだ建設中と思われ、かなり珍しいと思われます。

「鋸歯形」とありますが、写真からのこぎりホームの構造がしっかりと分かります。

貨物駅の本屋。

毎日ではありませんがかなりの頻度でオークションサイトを見ています。そうすると時々、こうした名古屋の鉄道史に関する資料を発見します。そうした発見も在宅鉄活動の楽しみです。

2021年03月13日 11時11分

清洲城に登城。

新幹線で大阪方面からの戻り、名古屋駅到着直前の左側車窓に見えるお城。以前から気になっていましたが3月10日に登城しました。

再建されたお城なのでコンクリート製。戦国時代の“都会”清須の町の歴史であったり、織田信長を始め戦国武将の歩みが分かり易く展示されており、望楼に到着するまでに結構な時間がかかりました。

名古屋駅前の高層ビル群と新幹線は、もう少し近い位置で撮影出来るのではと期待していましたが、少々難しい要望でした。

北東方面を望む。位置的に「晴れ」であれば、午後は逆光。今回は「下見」ということで、次回は朝一番で訪問しようと思っています。

稲沢線が東海道本線を越える所は、狙いようでは面白いと思いつつシャッターを押しました。

2021年03月12日 10時43分

惜別 DD51 思い出語り。

1969年(昭和44年)9月28日、関西本線蟹江~永和間を行く227レ。

関西本線の旅客列車の無煙化を前に撮影に出かけており、その際の1枚。

1970年(昭和45年)8月1日。中央本線宮ノ越駅。

私が撮影しているDD51牽引の旅客列車が登場し始めて間もないころの数少ない写真。

蒸気機関車を駆逐したディーゼル機関車ということで当時の鉄道マニアにはすこぶる評判の悪かったこの形式ですが、私自身は熱心な撮り鉄ではなく、また蒸気機関車への思い入れもそれほどでもなく、何だか不思議な形の機関車が登場したんだなあと思った程度でした。

2015年1月26日の「トワイライトエクスプレス」回送。

単なる乗り鉄ならば琴似駅でこうして待ち受けることは無かったでしょうが、JR北海道のDD51重連が牽く夜行列車はそれでも撮影する価値があり、多くの方が撮影されたその気持ちは良く理解出来ました。もっとも私は手軽な駅撮り。

苗穂駅を通過する「カシオペア」。2015年1月27日撮影。

こちらは日本ではありません。タイのノンプラドゥク・ジャンクション駅。日本での活躍を終え、工事列車の牽引用に輸出されたもので、北斗星のヘッドマークは同行者の手製です。

DD51は貨物列車でその存在感を示していましたが、実のところ私はその姿を殆ど撮影していません。

残念と言えば残念。でも、令和の時代まで私を楽しませてくれたので、最後の最後までちゃんと動くように整備をされたJR貨物のスタッフの方に感謝するのみです。

2021年03月10日 17時40分

惜別 DD51。

今日は今週末で定期運用を終える愛知機関区のDD51を手軽な場所で記録撮影。
1)6079レ 名古屋駅
 ●DD51 1801 予想だにしていなかったヘッドマーク付き。
 ●そのヘッドマークですが「愛知機関区」「稲沢機関区」とあり、その部分をトリミング。
3)2080レ あおなみ線ささしまライブ駅直近
 ●DD51 857 ほぼ1年ぶりの中京テレビ前。
4)8075レ 名古屋駅
 ●DD51 857 新幹線の電車を背景に。
(ここからはおまけ)
5)キヤ95系
 ●名古屋駅で8075レが通過する4分前に目の前を通過。驚いた!
6)キヤ97系
 ●ささしまライブ駅で2080レを撮影直後、名古屋車両所で入れ替えしていた。

2021年03月03日 22時57分

関西本線8075レ。弥富駅出発!

DD51とDF200の重連で、多分今、名古屋界隈で一番撮り鉄さんの注目を集めている列車。8075レ。

関西本線名古屋~四日市間の撮影ポイントは何カ所のありますが、歩き鉄でも簡単にアプローチできるのが弥富駅の出発。この写真でシャッターを押したのは17:09頃。

振り向きざまの1枚。

私はこの列車の動向に詳しくないのですが、あと少しでこの異形式の機関車重連が無くなるとのこと。ネットでも色々な写真が上がっています。

機関車が「主役」の列車でこの後ろ打ちは何だかなあということになりそうですが、結構好きなカット。

2021年02月03日 22時22分

1月27日にUPした「自転車で散歩「鉄」。東海通の踏切。」の続き。

パノラマカーとDE10 1562の共演。いや競演か?

ここの踏切で両方を入れての撮影はほぼ無理。だと思っています。

この日もトラックとかバスが停車しなかっただけでもラッキーでした。

2021年02月02日 22時44分

名古屋エリアの定番スポットへ行ってみた。大府駅近くの陸橋。

一度行ってみたかった東海道本線の定番スポット。

大府駅~逢妻駅間の東海道本線を国道366号線が立体交差で越える橋。広い歩道があり、安全に撮影することが出来ます。歩き鉄ですと武豊線の尾張森岡駅が近そうですね。

12:14頃。普通電車の岐阜行き。

12:20頃、左側は快速豊橋行き。右側はEF66112牽引の2059レ。西濃運輸カンガルーライナー。

編成美を感じます。

編成の後ろの方に見慣れないカラーリングのコンテナ。センコーグループRUNTECとあり、調べたところ冷凍コンテナだそうです。

EF641046牽引の3075レ。12:37に目の前を通過。

EF210-328牽引の2053レ「トヨタロングパスエクスプレス」。13:06に通過。

先頭の白っぽいンテナは何でしょう。私は全コンテナが統一されていると思っていたので…。

不要不急の外出自粛はまだまだ続きます。当面は名古屋エリアの近場で、散歩もしくは所用のついで鉄の日々が続きそうです。

2021年01月28日 21時14分

自転車で散歩「鉄」。東海通の踏切。の警報灯。

東海通の踏切から名古屋港方面。

シートレインランドの大観覧車が見えます。

こちらは名古屋駅方面。どちらも手軽な撮影ポイントは見当たらなさそう。

さてこの踏切の警報灯。おしゃれな街路灯のような形。全方向(全方位)踏切警報灯。

こうした全方向(全方位)踏切警報灯は、その存在は聞いたことがあるものの点滅している所を私は見たことがありません。このタイプの警報機のある踏切をきっとどこかで通過しているはず。…と思うのですが。

かと言って週3往復のこの名古屋港線、しかも運休も結構あると聞いている名古屋港線で見るのは、ダイヤが分かっていてもハードルが高いですね。

2021年01月27日 17時35分

自転車で散歩「鉄」。東海通の踏切。

JR貨物名古屋港(なごやみなと)線。東臨港線という呼び方の方が私たちの年代には馴染みがあります。

今や週3往復の列車が走るのみとなったこの線の踏切を、今日は見てきました。

その名古屋港線と東海通が交差する踏切。車はちゃんと一時停止していますが、列車がほぼ通らない踏切だけに信号機では駄目なのだろうか?いう気持ちになります。

それはさておき踏切が近づくとこうした「踏切あり」の警戒標識が出てきます。

※国土交通省のウェブサイトで、このタイプの標識が正式にあるのをちゃんと確認しています。

ところが一か所だけ???何か違和感。

非電化の路線に「電車」のマークも何だかなあですが、この標識はJRなのに名鉄電車。

しかもパノラマカーで種別が特急。全国津津浦浦(つづうらうら)の警戒標識で、国が定めていない標識はかなり珍しいかそもそも全国でここだけ?

そしてこの標識のインパクトには絶句!

●この警戒標識の情報は、鉄友のAさんから教えて頂きました。多謝。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!